統合失調症のケアマネジャー

人生の大半をメンタルヘルスに費やしてきた男性の経験談

統合失調症と付き合いながら働く4-2。

こんにちは。pepeneeです。前回では障碍者、特に発達障害を持つ児童たちのお話をしました。今日はその続きをしていきたいと思います。日中一時j支援を退職し、次は障碍者、障害児の外出や介助を助ける移動支援というサービスの登録ヘルパーになりました。この移動支援では、障害のある児童や障碍者とプールや水族館、映画等本人が一人では行けない場所に付き添うのが主なサービスです。基本的に一対一のマンツーマンでの支援なので、相手のペースに合わせて活動すればそんなに大変なお仕事ではないと思います。また、障害児(者)の好みに合わせて、日帰り温泉やカラオケ、事業所でビデオを見たり、プレイルームにてウォーターベッドで遊んだり、大きな公園でサイクリングに出かけたり、買い物巡りをしたり、とても楽しい仕事でした。

 

ちょうど、この児童の支援に関わる頃僕は自分を客観的に見つめる時間をよくとって

いました。そして、児童虐待や精神医学、統合失調症の本等、さまざまな知識を身につけていったのを覚えています。”なぜ、自分は統合失調症になってしまったのか。”そのテーマを中心に、過去、児童虐待を受けた人は脳の機能が健常者の機能よりかなり劣ることを本で知りました。たしか、一番決定的になった本は”児童虐待による第四の発達障害”というタイトルだったと思います。家庭で十分な安心、安全を得られず、最も愛情を受けるべき両親から身体的暴力、暴言を受け続けると脳が委縮し、主に短期記憶を司るワーキングメモリーが障害されることが脳科学的にわかっているそうです。その他、自己抑制能力を司る前頭連合野が委縮したり、脳の様々な部位が委縮し、脳機能が著しく低下するそうです。当時、30代後半の僕はそのことに相当のショックを受けたのを覚えています。また、児童虐待の後遺症によって偏桃体のダメージも大きくちょっとしたことで不安感、恐怖感を感じやすく、少しのプレッシャーで頭が真っ白になることが多くなり、相手の話している内容が聞き取れなくなってしまうほど情緒の不安定が目立つことになります。

 

僕は、なるべくして統合失調症になったんだと、この時点で認めざるを得ない状態になりました。そして、衝動性、不注意等の発達障害に似た症状も過去に虐待を受けて育った人は持つ事が多いことも知ることになります。そして、その虐待等、環境要因によって脳機能の異常が出ている児童もこの登録ヘルパーをしていく中でたくさん出会いました。

 

敗北宣言をするには、あまりに残酷な事実でした。自らの統合失調症の改善と、目の前の発達障害等を持っている児童たちへの最良の支援は、自分が信頼でき、安心感を持てる存在になること、つまりセーフティベースに自らがなって、お互いの不遇な環境から少しづつ離脱していき、脳機能を回復していって脳を活性化するセロトニンドーパミンそして心の情緒の安定を作り出すオキシトシンの分泌を高めていくしか方法は無かったのです。

 

僕は、携わる児童たちはみんななにかしら両親に愛されておらず、障害があるがゆえにセーフティベースが不足していると感じる児童もたくさんいることを体験的に理解していきます。僕は、そんな不遇な環境の児童の為、そして、虐待から立ち直る自分自身の為に一人一人の障害児童たちにセーフティベースの提供を行っていきました。以前のブログでも紹介しましたが、セーフティベースの原則を守り抜いて児童のお世話にあたった訳です。①その児童のすべてを受け止め、安心感をもってもらう。②問題や感情のこじれが起きた時、問題を解決するスタンスで行動する。③信頼関係を構築し、この人は裏切ったり理不尽なことをしないと理解してもらう。④その安心感が芽生えてきたならそこから生まれる本人の自主的にやりたいことを社会的に許される範囲内であれば自由にやってもらい、主体性を伸ばす。⑤ダメなことはダメだと教える。・・・これらを受け持ちの児童全員に心がけてやっていきました。すると、児童たちはみるみる笑顔になっていき、わずか2年半程で自分のやりたいことを安心して取り組むようになり、発達が促されていきました。そして、僕自身も、情緒的安定が増し、少しのことでは不安感や恐怖感が出にくくなる体質になってきたのです。発達障害を持つ児童も、虐待の過去を持つ僕も、双方の脳機能が改善したのです。

 

このブログでは、精神疾患等に罹った方が幸せに生きるヒントを書いています。今後ともどうぞよろしくお願いします。