統合失調症のケアマネジャー

人生の大半をメンタルヘルスに費やしてきた男性の経験談

障害児の存在の意味。

こんにちは。pepeneeです。今日は生産性とお金だけが人間の価値を決めてしまう資本主義自由市場において、精神障碍者でもある僕の当事者の視点と、長く労働してきた経験から障害児(者)の存在の意味を考えていきたいと思います。

 

①通常、この経済活動で一番大切なのはお金である。

先進国は特にそうですが、この社会は”お金”が一番重要視される世界です。良くも悪くも。もちろん、そのお金が循環することで道路や公共施設、生活インフラなども整備され、私たちはその利便性、快適に暮らせることを享受できています。しかし、その弊害として、お金を稼ぐこと自体が生きる目的化してしまう事が往々にしてあります。社会は”信用”の名のもとにどれだけお金を稼ぐことが出来、借金できることが出来るかで社会的評価を得られる側面があるからです。

 

②お金を稼ぐためなら、手段を選ばない生き方。

そうなると、お金を稼ぐためにどんな手を使ってもお金を稼ごうとする人がかなりの数生まれてしまいます。そして、お金をいかに楽して顧客から巻き上げてやろうかという発想の社会構造も出来上がります。特に保険業、不動産業、金融業によく見られます。例を挙げます。例えば金融業。銀行の窓口には様々な金融商品が並んでいます。しかし、その商品のほとんどが投資信託と名を借りた顧客からお金を巻き上げる詐欺的商品です。窓口では資産運用でお金を増やしたい一定の所得のある(高齢者が多い)顧客に金融資産を言葉巧みに売りつけます。そして、複雑な構造のパンフレットを見せられ、お金が儲かる仕組みが全く理解できないまま、高額な手数料だけむしり取られ、毎月の分配金を”自分の預けた元本から”配布することでさも得をしたかのように思わせる手法で平然と売られています。このような構造をもつ詐欺的手法はほかにもたくさんあります。まさにお金を情報弱者から巻き上げ、お金を吸い取る構造です。社会に何の価値も提供していません。しかも、法律に違反していない場合がほとんどなので、合法詐欺と呼んでも良いでしょう。

 

③生まれもって障害をもって生まれる子供たち。

もちろん、社会の大半の人はこの経済市場で額に汗して社会システムを回すために日々過酷な労働をして金銭を享受します。しかし、本当にお金が儲かる業界はIT、金融、不動産等、だいたい確定しており、それ以外の業界で大きくお金を稼ぐのは難しい社会システムです。だからほとんどの国民は、”お金とは苦しんで働いた対価だ”という価値観が刷り込まれているのです。そして、生かさず殺さず、日々の生活を営めるだけの賃金が手渡される。その価値観でいけば生産性のない障害児(者)は何の価値もない存在だと偏見の目でみる人が多数派になっている現状だと思います。しかし、障害児(者)たちの多くは、競争心というものがありません。そして、心が素直で、多くの場合、障害児(者)のお世話をする者の喜びに大きく寄与する存在です。

 

④なにもできない、誰かの助けを受けるという貴重な存在。

そして、彼らは経済的にほとんど何もできないがゆえに、社会的にも擁護され、家族を中心にお世話をしてもらって生きています。しかし、そこに大きな”生きる意味の答え”が隠されているのです。周囲の人は、何もできないただ純粋に生きている喜怒哀楽が素直な彼らをお世話する事に幸せを感じます。それは、ものすごい”他者の為に役に立てる”感情を感じさせてくれるからです。彼らの中には、そのお世話に対して、心の底から”ありがとう”と言ってくれることもあれば、最高の笑顔で返してくれることもあります。社会経済で普通に働いていて、他者から純粋に喜ばれる経験が得られる仕事は意外に多くは無いのではないでしょうか。そう、彼らは僕たちに、どのように生きれば幸福になれるかを身をもって教えてくれる、貴重な存在なのです。勝ち負けではなく、お金の量でもない。ただ、他者の役に立つことをする。それだけで生きる事は意味があるのだと。そして、究極的に与える側と受け取る側のどちらが上か下かさえ、もうどうでもよくなってくるのです。

 

⑤いびつな経済活動のなかで。

この人間の果てしない欲望をエンジンにして不幸を感じる資本主義経済の世の中で、人は簡単に幸せの意味を見失い、翻弄され、疲弊し、そして大多数の人が生きる意味を見失って死んでいきます。かつて、日本の社会福祉の実践家であった糸賀一雄氏は、障害児の存在を、”この子らを世の光に”という言葉を残して、この世を去っています。決して、”この子らに世の光を”ではないのです。僕の人生は、福祉という分野で生きてきましたが、この糸賀一雄氏の言葉は、真理であると思います。苦しい体験、経験、障害を通して、それを優しさに変え、人に与える人間に成長した人は素晴らしいと思います。しかし、あるがままの存在で、周囲を容易に与える人にする、与える歓びを世界に放つ障害児(者)の存在は、あるがまま、人が人と助け合う本来の幸福なあり方をいつも示唆してくれる貴重な人なのです。

 

⑥イラストの続き。(着色完成)

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前々回のブログ”海外映画で英語を勉強しよう”で線画だけだった少女に着色しました。液晶タブレットとデジタルイラストソフトで、このように自由にイラストが描けるのは絵が好きな僕にとってはとても嬉しいです。

 

このブログでは、精神疾患等に罹った方が幸せに生きるヒントを書いています。これからもどうぞよろしくお願いします。